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 風が気持ち悪い。
 なんだかひんやりとして、通りすぎるそれは冷凍庫の中にいるみたいな。
 ここにきてからこんな風ははじめてだ。水の中だってこんなに冷たくはない。
 なにかからだの調子が悪いのだろうか、不安になる。
 そこでふと気が付く。
 ああ、これが冬と言うものなのか。

 新鮮だ。空気が凍ってるみたいで息を吸い込むことが楽しくなる。
 あの中から出たときもそうだった。だからすぐに飽きてしまうんだろう。
 少し、残念だ。
 
「ゆき、ふらないかな」
 隣のシンジがぽつりと、もらす。なくなっちゃうけど、呟く声も聞こえた。
 「ゆき、」
 そっと噛むように口に出した言葉が白い結晶となって消える。其れを何度か繰り返す。
「なにしてんだよ」
 呆れた彼はため息混じりに言う。笑う。
「消えるから、」
 首を傾げるのが空気でわかった。
「でもあるから」
 不思議そうな顔をするのがわかる。みたい。彼の顔をみたい。
「すきだなあ、」
「何が、ゆき?」  
「君のこと」
 僕は、といいかける。
 彼の返答はいつも知ってる。かわらない。
 それでも絞り出すように言葉を紡いでくれるのがたまらなくすきだ。
 僕はきみがすき。
「僕もだよ」
 耳が悪くなったんじゃないかな、目の前の白い光景もきっと幻覚で 
 いま、聞こえたものもきっとこの世に響いているものではない。きっとそう。
 背中に何かがあたる。

 痛かった。