悲しみは海ではないから飲み干してしまえる。


「なくなった!!なくなったよ」

ある朝イヴァンは大きな声で彼に呼びかけた。
二つ並んだ寝台の片方に眠るアルビノとさえ疑ってしまうような色素具合の青年、ギルベルト。





「僕には何もないんだ」
ある少年はいった。常時なら白いほっぺをさむさで真っ赤にさせながら。
「それは、」
「どれ?」
「その、マフラーだよ」
ああ、これ。少年はそういったきりしばらく黙り込んだ。
もう一方の赤い瞳の少年はどうしてしまったのかと、少年の伏せられたアメジストを埋め込んだみたいにきらきら光る瞳を覗き込もうとした。
きらきら、光っている。
覗き込んだまま、少年は自分の時が止まったように感じられていた。
だか、その静寂はアメジストが、いや、アメジストからぽろりと何かが落ちたと同時にハッと動き出す。
何かは、雪の溶けて手のひらに乗っかったのと同じようなものに見えたのだけれど、なんだか違うようだった。
「それ、涙って言うんだぜ。知ってた?」
「ええ、そんな、涙って悲しい時に出るものでしょう」
そうするとようやっとアメジストの彼から目を離しケセ、と奇妙な笑い声を出してから「あったかいときにもでるって俺は知ってるぜ」とも言ったのだった。